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8.03.2017

パキスタンの中心で想うこと。

フンザを後にして、ミニバスでギルギットまで移動。
ギルギットで一泊し、早朝のフライトでイスラマバードへ・・・。


遅延はあったものの、ベナジル・ブット国際空港に無事到着。





空港からは、整備された道路がしばらく続く。






宿を探しに、ラーワルピンディーへと向かう。


イスラマ、ピンディーでは、外国人の泊まれる安宿は少ない。
そんななかで、一泊1000ルピーで泊まれるという、
ピンディーのLAZANI HOTEl へ。


ホテルについて部屋を見せてもらったのだけど
バスルームで虫がたくさん這っているのを見て、
一瞬にしてここに泊まる気は失せてしまった。



このとき、イスラマバードでは、テロ警戒情報が出されていた。

街ゆく人々は、そんなのいつものことよ、と言わんばかりに
なにくわぬようすで大して気にもとめず暮らしているようなのだけど、
私は、そんななかで、
やっぱり治安の悪いこの国の大都市の人混みを
女ひとりで歩くのはこわかった。


もともとイスラマ、ピンディーではとくに何かする予定はなく
私にとっては、日本へのフライトを待つためだけの滞在だった。


そういうわけで、一日ゆっくり過ごせる清潔なホテルに泊まりたかった。



同じく目星をつけていた、Grace crown hotelも近くにあったので
そちらの方を見てみることにした。

ここは、Booking.comに載っているピンディーの宿では最安。
それでも、一泊3000ルピーなので、なかなか痛い出費。
でも、これで一旦日本に帰るのだし、お金は後からでもなんとでもなる。

清潔なGrace crown hotelを見て、迷わず宿泊を決めた。



昔なら…大学生の頃なんかは、
虫がいようが監獄のような部屋であろうが
お金がなかったこともあり、我慢して泊まれていた。


前みたいな、ちょっと泥臭い旅は、
それはそれでよかった。

でも今は、昔のような根性はないな…体力も。




それでも。
旅のスタイルはこれからも変わっていくと思うけど
今の私にできる旅を、続けていければ、と思う。





ごはんに在りつくために、ちょこっとだけ宿周辺を散策した。


コミッティチョーク

こういう、なんだかレトロな雰囲気の街並みはすごく好き。
様々な顔立ちの、多くの民族が暮らす混沌のまち。
リキシャー、チングチー、スズキ、タクシーが行き交う大通り。
露店には野菜を売る人、本屋さん、靴屋さんなど。
いろんなものが小さな空間にしきつまっていて、
見るもの全てが新鮮で、面白い。



もしも、
ここが平和で治安が良くて、
安心して歩きまわることができたらどんなに素晴らしいだろう。
人懐っこく話しかけてくれる人たちに、
警戒心を持たずに心から接することができたらいいのに。




テロ、タリバン、核兵器、、
日本に流れてくるパキスタンのイメージって
“怖い”って思うようなことが、やっぱり多い。


でもね、パキスタンって、
自然だとか、人だとか、文化だとか、遺跡だとか、
秘めたる魅力がいっぱいある国だと思う。



テロとかそういうのがなかったら
南アジアの観光地の一つとして、きっと栄えたと思うな。







この国が、この国に生きる人たちが
本当の意味で安心と安全を手に入れ
平和に暮らすことのできる日が訪れますように。


マイナスイメージばかりでなく
この国の素晴らしい面々が
できるだけ多くの人に伝わっていきますように。




そんなことを思いつつ過ごしたラストの日々だった。






そして、帰路へ。





Y.


2017年、3月の終わり。






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8.02.2017

またね、インシャアッラー。



今日は、約一ヶ月間過ごしたフンザを離れる日。


朝、いつものようにレセプションに行くと
いつもとかわらずキッチンに立っているアバースがいた。


彼は突然「君に、パキスタンネームをあげる。」
と言って、私にミドルネームをプレゼントしてくれた!


アバースがつけてくれた私のパキスタンネームは、
“ザハラ”


ザハラは、イスラム教の預言者ムハンマドの美しい娘の名前で
「美しい人、花」という意味のある名前なのだという。


「じゃあ、私の名前はユキ・ザハラだね。
素敵な名前をつけてくれてありがとう。嬉しい。」
そうお礼を言った。







お世話になった人たちとも、しばしお別れ。


オールドフンザインのオーナーと。
ニックネームは勝新太郎。


お世話になった、コックのアバース。


大好きなハイダー爺。

ハイダーインのオーナーの爺。
元軍人で、80歳を超えても元気な爺。


爺の笑顔と瞳は、とてもうつくしいと思う。
日に焼けた肌も、真っ白なひげも、顔に刻み込まれたしわも。
ほんとうに、素敵な年の取り方をしてる。



「また夏にくるつもりなの。夏にまた、会いましょう」
そうお別れを言うと、爺は、
「インシャアッラー(神の思し召しのままに…)」
と。



インシャアッラーは、イスラム世界の言葉で、
フンザのみんなが口癖のように使う言葉。

あした晴れるかな? 「インシャアッラー」
いつ頃杏の花咲くの? 「インシャアッラー」
またあしたね。 「インシャアッラー」


とにかく、なんでもかんでもインシャアッラー。
みーんな神様まかせなのだ。


インシャアッラー。。。都合のいい言葉だなぁ。


最初は、なんて適当なんだろうとあきれていたのだけど
聞いているうちにだんだんと、
その響きも心地よく聞こえてくるのだから不思議。

インシャラー♪
インシャラー♪


なんだかかわいい。




よく考えてみると、確かに
人生はインシャアッラーだと思う。

誰しも、どこにいても、なにをしていても、
あした何が起きるかは、誰にもわからない。


そう、神のみぞ知る。



だからこそ、身のまわりに在るものすべてに感謝する。
神様が与えてくれた今、この瞬間に感謝する。
小さなものごとに、よろこびを見いだす。


そして、与えていただいたものごとに対して
“シュクル アルハムドゥリッラー。”
(神様のお陰です)と感謝する。




フンザの人は、生きるのが上手だな、と思う。
昨日にこだわりすぎず
明日ばかり夢見るのではなく、
今をちゃんと生きてる。



なんでもかんでも「インシャアッラー」は
日本の社会では通用しないのかもしれない。



肩に力を入れないで生きる。


簡単なようで、日本にいるととても難しい。



それでも、もしも少しでも、
フンザの人たちに近づけたのなら。



インシャラシャ〜ラ〜

吹く風に争うのではなく
ただ流されるのでもなく


風とひとつになり、
その風に乗って、自分の翼で飛んでゆく。



そうやって生きていけたら
幸せが少しずつ増えていくんじゃないかな。






大事なことをたくさん教えてくれたフンザ。

シュクル アルハムドゥリッラー。




またね。



フンザの風よ、
私をまたここに運んでください。


インシャアッラー。





Y.

2017.03.28








8.01.2017

祝福の谷、フンザ。




この日はフンザ最終日だからと、めずらしく早起きをした。
いつものように部屋の外に出て、お天気チェック。



雲ひとつない快晴だった。

この天色の空を、ずっとずっと待っていた。
フンザに滞在していた1ヶ月間で一番の、ぽかぽか日和。



最後の最後に魅せてくれた、

“祝福の谷 フンザ”





久しぶりに顔を出してくれた太陽の光、
頬にやさしくあたる風が気持ち良い。



どこへ行くでも、何をするでもなく。
宿の近くを散歩して、景色を眺めて。
たまにすれ違うひとと話をしたり。



そうやって、いつもどおり穏やかに過ごした。







村の下の方は、あんずのピンクがいっぱいになって来ていた。




緑も増えて、空の青と山の茶色、白い雪に。
フンザの色とりどりの春。とても綺麗。







夕方は、お世話になった人にあいさつにまわった。
そして夜は宿で、フンザの伝統音楽・ダンスパーティーを楽しんだ。



穏やかで、幸せな1日だった。




Y.

2017.3.27






7.30.2017

遠い異国の地で出逢えば。




「10年も前は、ここも日本人観光客で賑わっていたものさ」



カリマバードの土産屋のおじちゃんたちは、そういった。
おじちゃんたちはいつも、店の前の石段に腰を下ろしてみんなで談笑してた。



確かにカリマバードには、“ジャパンチョーク”という名前の通りがあったり
“ジャパニーズバック”とかいう名のついたバックが売られていたり
日本語をつらつらと話す人がわりといたり、


あぁ、多くの日本人が、ここを訪れていた時代があったのだなぁ。


そう感じる場面がそこかしこにあったりする。



今はというと、
訪ねてくる日本人の旅人は少ない。
パキスタンの治安悪化や、ビザが簡単に取れなくなってしまったことが
大きな理由だと思う。

代わりに韓国人や、パキスタン国内旅行者が増えているんだとか。






遠く離れた異国の地で、
同郷のひとに出会えたときの嬉しさ心強さといったら。


外国で、観光客があまり来ないような場所で、
日本の旅人にばったり会えたりなんかしちゃったら
あまりの嬉しさにすぐに話しかけてしまう。


それから一緒にごはんに行ったり、
しばらくの間、行動を共にしたり。



そういうことってわりとあって。
だから、海外ひとり旅ってそんなに寂しいものじゃないと思ってる。



それと、日本でも、
こういう風だったら素敵だな、とも思う。







旅行者の少ないパキスタンだけれども、
フンザにいた1ヶ月間で、日本人の旅人6人に会った。

なかでも、同時期に同じ宿と隣の宿に泊まってたのは4人。
朝、ごはんを食べにレセプションにいくと、
きまって誰かひとりはそこにいて、
チャイを飲んでいたり、
本を読んでいたり、
それぞれがそれぞれの時間を過ごしてる。

そこにひとり、またひとりと集まって
旅の話に花が咲く。







この日は、そのなかのひとり、
カズさんのラストデーだったので
みんなでカズさんお気に入りの韓国料理レストランに行った。


秘境、辺境を何カ国も旅してきたツワモノばかり。
旅の話で自然と盛り上がる。
わたしなんかは、聞いたことがないような地名がいっぱい。




たぶんみんな、
普段の旅ではあまり、日本人同士で群れるタイプではないのだろうな、と思う。


でも旅行者の少ないパキスタンでは、やっぱりホッとできるひとときって超重要!

本当に。









これからひとり、またひとりと
新たな地へと旅立ってゆきます。





わたしも、残すところあと一日…。






 Y.

2017.03.26





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7.29.2017

パキスタンの伝統文化、メヘンディ。




パキスタンの女性は、オシャレが好き。


アーリアバードに行って街をぐるっと歩き回ったとき、あちこちでレディースショップやサロンを見かけた。
イスラムの国であるパキスタン、店番をしているのはたいてい男性なのだけど、レディースショップだけは例外。

ショップで扱っている商品は、化粧品、マニキュアなどのコスメ道具からアクセサリーなどの装飾品、女性用の下着やシャルワールカミーズにつけるテープなど、ありとあらゆるもの。

それとは別にサロンもあって、そこではヘアメイク、フェイスメイク、メヘンディなどをしてもらえる、日本でいう美容院のような場所。




メヘンディは、日本のイベントやインドを旅した時もしてもらったことがあって
パキスタンでもどこかでやってもらいたいな、と思っていたのだった。




宿の人に聞くと、アーリアバードで有名なレディースサロンでメヘンディをしてくれると聞き、行ってみることに。


サロンには、若い女性が3人。

「結婚式スタイルがいい?」
「シンプルなのがいい?」
と聞かれて、片手ずつ両方描いてもらうことに。
デザインを選んで、模様を描いてもらった。

日本のアーティストのクオリティを知っているので、それと比べてしまうと、決して上手とは言えないメヘンディー。
それでも地元の女性にメヘンディをしてもらえることがとても嬉しかったし、同じくらいの歳の子と話せてよかった。









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上部フンザ日帰り弾丸ツアー。

2017.03.22
3月中旬から同じ宿に宿泊していて、仲良くなった韓国人のナヨンとホー。
数日前から、一緒に上部フンザツアーに行こうという話をしていた。
今日はその約束の日。
カズさんも一緒に、4人で宿の車をチャーターしていくことになったのだった。


朝の9時、宿を出発。外はどんより雲。

カリマバードを出てしばらく車を走らせ
最初にたどり着いた絶景ポイントがここ、アッターバード湖。

地球の歩き方パキスタンのガイドブックにも載っていない場所。
2008年版の歩き方(パキスタン編としてはこれでも最新号)が発行された時には、なかった湖。

この渓谷には、もともとフンザ川が流れていたのだけど、
2010年の大雨で大規模な地滑りが発生。
それによって川がせき止められ、天然ダムが形成され、
その後の雪解けによって巨大な湖にまで成長したのだという。

東京ドーム約300個分とも言われた大きな湖。
ここまで規模が大きくなったことにより、カラコルムハイウエイの一部や同地域の村々は水没。
修復作業が終わった今では普通に通れるようになっているけれど、
一時は寸断されたカラコルムハイウエイを行き来するのに渡し船が使われてたらしい。
水没した村の住人は、住み慣れた場所を離れなければならなくなってしまった。
ここは、そんな場所。

でも、目の前に広がる湖は、本当に綺麗で。
今ではフンザの観光スポットの1つとなっている。
エメラルドグリーンに乳白色を混ぜたような湖は、
カナダで見たペイトー湖を思い出す↓

7年前の夏、カナディアンロッキーの街で1ヶ月間ホームステイしていたのだけど
今思うと、フンザの景色は、あの時見た景色に似ている。

:

アッタバード湖を後にして、カラコルムハイウエイを北へ北へと走ってゆく。
グルミット村や小さな集落を通り過ぎ、
次にやって来たのは、パスーの吊り橋。

足場の板の間隔がやけに広くて
足を踏み外したら普通に落下してしまいそう。
昔は村から村へ渡るときに使っていたらしく、
たくさん荷物を担いで渡ったのだって。
荷物がなくても私は怖くて渡れないのに、、
地元の人たちはすごいな。
ちなみに、怖いもの知らずの韓国人ホーも普通に奥まで歩いていけてました。
(写真に写ってるオレンジの人がホーさん)

:


それから、パスー氷河へ。

大きなレストランがあり、天気がよければ氷河が見渡せるビューポイントのはずなのだけど
この日は天気も悪く氷河がだいぶ先まで歩かないと見えないのが残念だった。
レストランで軽食を済ませ、
みんなで氷河が見えるところまで歩いて行ってみることに。

カズさんとスタスタ歩きすぎて、時間を余らせてしまい
あとの待ち時間で凍える羽目に。


帰りはグルミット村にちょこっとだけ寄って帰った。
グルミット、パスーはこの時期では開いてる宿が少ないし、カリマバード以上に極寒なので、滞在は断念。
夏になったらぜひ、長期滞在したい。

1日寒さにやられ鼻水がひどく体調も悪く、
さらに前日の食べ過ぎで胃がやられていたところに加えて車酔いで
帰りは死にそうになっていた。
宿に帰ってすぐトイレに駆け込み、夜はベジタブルヌードルスープを少しだけ食べて寝た。


やっぱり私、寒いのは苦手らしい。

***

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6.26.2017

イスラムの新年を祝う日。

2017.03.21

この日は、イスラム暦での一年の始まりの日。
パキスタンでも、日本で言う正月のような感じで家族で新年を祝うらしい。
各家庭では普段よりも豪華な料理が振る舞われ、
親戚の家に挨拶に行く習慣があるのも日本の正月と同じだ。

「パーティーするから遊びにきてね」と
以前お世話になったシャーマB.Bとヒナに呼んでもらい、彼女たちの家を再訪。

約束していた午前11時に家に行くと、既にご飯の準備をしていた。
チキンビリヤーニ、ヤクとポテトのマサラスープ、ミルクと春雨風の甘いスープ、
塩味の小豆が振る舞われ、またお腹いっぱい食べさせてもらった。
ご飯は、近所の子どもや親戚の人たちも集まって一緒に食べた。
ご飯を作るには薪を使うのでそれなりに時間がかかる。
なのでこうしてみんなでシェアするのは珍しいことではなさそうだ。


この子たちは、写真を撮ろうとすると
ドゥパッタや髪を整えたり鏡を見たりしていて可愛かった。


家でご飯をご馳走になった後は
同じガニシュに住むシャーマBBの親戚や妹の家も一緒に訪問。

お邪魔させてもらう度にたくさん食べ物やチャイをいただき
あったかい心いっぱい、そして胃は破裂しそうなほどいっぱい。笑

ガニシュの村を歩いてると、なんだか子供たちがたくさん。
どうやら三が日のような感じで、今日から3日間は学校もお休みになるみたい。




こんな感じでガニシュの人たちと
イスラムの新年を一緒に楽しませてもらえました。

お別れの時、シャーマBBとヒナは、
自分たちのシャルワールカミーズを一着ずつプレゼントしてくれた。
彼女たちのおかげでガニシュの人たちと仲良くなれたた上に
最後に贈り物まで…本当に感謝いっぱいです。


宿に帰ると、新たに日本人が着いたらしく、、
会ってみると、パキスタンビザの情報収集の時に参考にさせてもらっていた
あっ旅のあつし君でした。
あつし君は小笠原で短期で働いていたこともあるみたいで、
共通の友達も居たりと、世間の狭さを実感。

これで、カリマバードに滞在してる日本人は5人になった。

料理人のズーさんが、アーリアバードでチキンを丸々買ってきたらしく
お隣の宿、ハイダーインで鍋パーティーの準備をしてくれているらしい。
すぐにでも行きたいところだけど、昼の11時から5時間くらいぶっ続けで
ずーっといろんな人の家で食べ物やチャイをご馳走になっていたので
胃が悲鳴をあげ、吐き気がしていたので部屋で少し休む。
ちょっと落ち着いてから4人のパーティーに合流しました。
鍋は日本風の優しい味付けで、とーってもいい香りが漂っていたのだけど
一口でも口にしたら吐きそうなほど胃がやられていたので、全く食べれず。

鍋の香りと旅の話を楽しみ、楽しい夜を過ごしました。


***



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6.16.2017

フンザが一望できる、イーグルネストへ。

2017.03.19

体調も回復してきたし、天気もまあまあ良さそう。
この日は、カズさんとイーグルネストを目指すことにした。


カリマバードから北東に2時間ほど山を登った所に、デュイケルという村がある。
その中でも一番高くて展望の良い場所にあるのが、イーグルネスト・ホテル。
旅人の間でこの場所は“イーグルネスト”で通っている。
カリマバードに滞在する旅行者の多くが訪れる場所だ。

宿の人が、『現地人ならゼロポイントから歩いて2時間で行けるけど、
君なら3時間はかかるだろうし、急な坂だから
途中で車をヒッチハイクするといいよ』とアドバイスしてくれた。
「疲れたらヒッチハイクするね」と告げて宿を出発。


ゼロポイントから麓までは歩いて20〜30分くらい。
そこからは、きつめの坂が延々と続く。
標高も3000m近い高所なので結構ハードな登り坂だ。

1時間くらい登ると、既にかなり景色が良い。


デュイケルの子どもたちはちょっとシャイ。
写真を撮っている瞬間、完全にフリーズしてて可愛かった。


さらに登っていくと、こんな景色になってくる。



これは確かに、私が自分のペースで歩いたら3時間だ。
でも、屈強な旅人であるカズさんは結構なハイペースで進んでく。
さらに、地元の子どもたちは軽々と私たちを追い抜いて登ってゆく。
数ヶ月前まで仕事で山登りを毎日のようにしていたけれど
しばらく体を動かしていないとあっという間に鈍ってしまうな。
私はバテバテになりながらもなんとかついていき、
ゼロポイントを出発してからちょうど2時間でイーグルネストホテルに到着!
カリマバードよりも標高が高いので、寒さもより一層だ。


イーグルネストホテルで野菜スープを注文して少し休んだあと、
イーグルネストホテルから歩いて5〜10分くらいのビューポイントへ。



その先には…

あっっ、さっきより曇っちゃってる…。


でも、それでも確かに景色はいい!
フンザ全体を見渡すにはここが一番だろう。






登りで体力を使い切った私とカズさんは
下りでは真っ先に車をヒッチハイクした。


この日は久しぶりに運動したので夜はぐっすりだった。


イーグルネストは、
自分たちで登った方が達成感はあるけど
結果的にヒッチハイクで行ければ十分かなと。
特にお金を求められることもなく、
無料でホテルの近くまで送り届けてもらえると思います。
(私たちはそうでした)


***


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